第2回 酒の洪水

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人は気楽なもの、腹の中でこんな恐慌を起こすとも知らず、へいぜい胃吉や腸蔵を酷使することに馴れてしまう。遠慮会釈もなく上の方よりドシドシと食べ物を腹の中に詰め込んでくる。胃吉と腸蔵が驚くまいことか。

「そら来たぞなんだか堅いものが。これは照りゴマメだ。石のようにコチコチしている。歯太郎さんが噛まないとみえてさかなのかたちがそっくりそのままだ。こんなものばかりよこされてはたまらんね。オットどっこい、また来た。今度は数の子だ。乾し固まって塩の辛い奴を碌に塩出しもしないでこしらえるから消化(こな)そうと思っても消化れない。腸蔵さん、ホントに泣きたくなるね」

「元日から災難だ。オイ胃吉さん、危ないぜ。上の方から黒い石が降ってきた」

「なるほど降ってきた。これは黒豆だよ。よく煮てないから石のとおりだ。よりにもよってナゼこんな悪いものばかりよこすのだろう。少しは手数のかからないものをくれればいいのに。オヤオヤまた来た。今度は柔らかい。なんだろう、卵焼きだ。しかしなんだか臭いね、プーンとイヤな匂いがしたぜ。腐っているのではないか。」

「腐りもするはずだ。正月のおせちにするって十日も前にこしらえてお重へ詰めておいたものだもの。せめて玉子でも新しければ少しはもつけれども、二月も前によそから貰った到来物の玉子だ。それも上海玉の下等なもので割ったときはほとんど卵黄(きみ)が壊れていた。腐ったものは堅いものよりなお悪い。きっと例の虫がいるよ、良く調べてご覧。」

「オー、いるともいるともウジャウジャいる。私はこの虫が大嫌いでね、虫を見るとぞっとして手もつけられない。中でもコレラの虫や赤痢の虫は一番イヤだ」

「この頃はペストの虫といってたいそう怖い虫があるそうだね。虫といえば去年の夏頃腸チフスの虫が水と一緒に流れ込んできたときには驚いたよ。あの虫は腸のチフスというくらいで私へばかり食って掛かってあんな酷い目に逢ったこどがない。私もお前さんも二十日ばかり泣きとおしたっけ。」

「あの時のことはまだ忘れない。もうもうこんな商売は辞めようと思った。虫のいる食べ物は私も手を付けるのがイヤだから、そっくりあげるよ」

「イヤイヤよこされてたまるものか。どうぞ虫を殺しておくれ」

「暇があれば殺していられるけど後からドンドンやって来るもの。ソラ来た、今度は牛蒡の煮たの。煮たというのは名ばかりで、生も同様だ。ソラ人参も来た。どっこい今度は焼豆腐か。この焼豆腐も少し怪しいよ。豆腐屋が売れ残りの豆腐を焼いたとみえてやっぱり虫がまじってる。オヤ蒲鉾がやってきた。蒲鉾というと魚の身でこしらえたようだがこの蒲鉾は魚三分に芋七分、これも去年到来の古いものだね。腸蔵さん、こんな様子ではとても今日楽をすることはできないぜ。中途半端に今頃ドシドシ食べ物が来るようではどんな目に逢うか知れない」

「食べ物だけで済めばいいけど今に私たちの大嫌いなお酒でも飛び込んで来たら百年目だ」

「お酒が来たらモー仕事なんぞするものか」と噂の言葉が終わらないのに腹中の天地がたちまち震動して上の方より酒の洪水が押し出してきた。

「そら逃げろ」「津波津波だ」と胃吉も腸蔵も一目散に逃げていく。

 

○ゴマメは蛋白質五割九分、脂肪二割り一分あって滋養多し。

○数の子は蛋白質二割、脂肪一分あり。

○黒豆は蛋白質四割、脂肪一割八分、含水炭素二割二分あり。植物中最も滋養分に富む物だが、極めて柔らかく煮なければ消化に悪い。

○豆腐は大豆から作られたもので滋養分多く、蛋白質七分六厘、脂肪七毛あり。

○焼豆腐、人参、牛蒡その他のお煮しめを煮るには魚類のスープを用いること。

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いやー、すごかったですねえ。

胃吉と腸蔵の受難はもちろんですが、正月三日目におせちを食べながらこれを読んだらどういう気持ちになるでせう?読者の気持ちを忖度しないなかなか勇気のいる描写だと思います。

前回19世紀は科学の時代と書きました。原因不明の、あるいは風やら動物やら遺伝やら、いろんなことが原因で起こると思われていた病気の原因がどうやら目に見えない小さな生物=細菌によるものであるとわかってきたのもこの時代です。

1882年ドイツのコッホが結核菌を発見し、翌83年にはコレラ菌も発見し1905年にノーベル賞を受賞します。日本人では、コッホの高弟北里柴三郎が1894ペスト菌を発見して世界を驚かせましたが、世界はまだまだ病気に弱く、日本では1895年軍隊内でコレラが大流行し死者4万人を出し、1897年は全国で赤痢が流行2万人以上が命を落としています。

氷で食物を長く保存する知恵は古くからありましたが、日本で人工の機械製氷の技術が発達し製造会社が増えてきたのは1883年以降で、上段に氷を入れ、下段に食物を入れる木製の冷蔵庫が普及していくのは大正時代、電気冷蔵庫の普及は昭和30年代まで待たなければなりません。弦斎が食道楽を著した1903年頃は氷を買い専用の箱などで食べ物を冷やすということが広まっていった時代のようで、先の大隈伯爵家のキッチンにもまだ冷蔵庫はありません。抗生剤も発明されておらず、食べ物でおなかを壊すことは命取りになることも多かったのです。主が頓着せずとも胃吉や腸蔵にはよく見える、悪い食品にはウジャウジャ虫がいるよ、というのは、ほんとに気持ちの悪い書き方ですが、衛生観念に乏しかった明治の人々を啓蒙しようという教育家弦斎の気持ちの表れなのでしょう。


それにしても、この胃吉と腸蔵の持ち主はいろいろなものを食べていますね。消化に悪いものやその食べ物自体が怪しいもの、中でも玉子焼きには驚きます。10日も前に作ってお重に詰め込むなんて。
以前はおせち料理を作る料理屋さんは、師走の29、30日から31日、料理が傷まないよう、暖房もせず窓を開けて吹きさらしの厨房で寒さに震えながら徹夜で作るということを聞いたことがありますが、今ではひと月前くらいから作りおいて冷凍ということが多いようです。それもこれも冷凍技術の進歩のおかげということでしょうが、大体卵の賞味期限はどのくらいでしょう?『賞味期限』として統一明示するようになる1997年以前、否、冷蔵庫が普及するようになるまで、卵は冷暗所で、常温一か月というのが大体のところのようです。これは採卵後ひと月、ということです。今の賞味期限は日本人の食習慣に合わせて、生食で食べれる期間を示しているものなので、賞味期限を過ぎても加熱したら食べられることが多いと思います。ある有名パティシエは賞味期限を一週間過ぎたくらいの玉子の卵白が一番メレンゲに適している、と言っていました。もちろんこれは傷んでいないのを確かめながら使っているのは当然です。何はともあれ自分の五感で食品の良しあしを判断する、というのはとても大切な人間の、本能、生存に直結した能力だと思うのですが、この賞味期限という概念が普及して以来、日本人がその能力を捨て去ったような気がしてなりません。食品廃棄は日本の大きな社会問題です。大量の食品ロスをなくすためにも、賢い消費者としての感覚を養うべきだと思うのと、クレーマーにならない、クレーマーを恐れないという売る方と買う方双方の覚悟も必要なのかもしれませんね。
ところで上海玉ってなんでしょう?実は玉子というものは世界中で取引される一大貿易商品でした。19世紀から20世紀初頭世界の卵輸出国は第一にロシア、中国、デンマークと続きます。鶏は古くからの家禽ですが玉子は一羽のめんどりから一日1個しか採れません。鶏肉も一羽からとれる量は牛一頭豚一頭に比べれば少量です。ブロイラーの養鶏技術や採卵の技術が確立する以前、お肉屋に行っても牛肉、豚肉にくらべ鶏肉は概して割高であり、卵はよく言われますが、病気の時に食べる滋養の塊、貴重品であったようです。そんな時代中国からの卵は比較的安価で庶民の食卓に上りやすかったようです。

というわけで、だし巻き卵を作ってみました。私は普段はお砂糖たっぷりの甘い卵焼きが好きですが、今日はかつおだしで塩味のだし巻き卵です。玉子と同量のだしを入れて…と思っていたらなんだか入れすぎて玉子の2倍くらいのだしが入ってしましました。焼くのは難しかったですが、その分ふわふわになりました。

食品成分表とか、突っ込みたいところはまだまだありますが、今日はこのくらいで。

胃吉と腸蔵が逃げてしまったらこの主はどうなるのでしょう?物語はこれからです。

つづく